物書きのウォームアップということで.
江崎 文明を維持、発展させる原動力だと思います。一口に「科学技術」と言いますが、正確には科学と技術は違うものではないでしょうか。考え方として別々にとらえた方がいいように思います。
科学とはともかく新しい知識を生むことが重視される。何か新しいものを生むものです。それに対して、技術は科学が生んだものを育てるというプロセス。科学を応用したいわゆる工業的な技術なんですね。ですから技術は富を生まないといけない。富を生まない技術は価値がないわけです。一方、科学は直接的には富を生まなくてもいい。
科学と技術はそもそも根源が異なる点について,その歴史的背景を踏まえた発言ならいいのだが,単に自身の知識・経験からのナイーブな発言であるならば気になる.それから,技術はつねに科学の応用で成り立っているのだろうか? 科学を無視して技術側の都合で突っ走る事例も多いはず.また,この点を考えると「富を生むかどうか」という視点だけではなく,社会的に望ましい・望ましくない科学・技術の問題として捉えた形の発言にして欲しいとも思う.
科学技術を英語で言おうとするとどうなるか。サイエンステクノロジーではない。サイエンス・アンド・テクノロジーとかサイエンス・ベースド・テクノロジーといった訳し方になるのでしょう。もっとも、それも違うという人だっているかもしれない。日本の目指す方向として「科学技術立国」というような言い方をよくしますが、はっきりと英語に翻訳できないわけです。
サイエンスとは人間の理性、知性の産物です。世界と交流、コミュニケートするうえで、きちんと西洋に翻訳できるような言葉を使うべきだと思います。日本が何をしていきたいのかが分からないと世界で理解してもらえません。
以前大学院の授業で聞いた話では,欧米の科学論の研究者からは逆に「日本の『科学技術』に相当する概念をひとことで表現できないので,『科学技術』という言葉で説明できる日本語圏がうらやましい」という言葉さえ出てくる場合もあるそうだ.どの程度この問題意識が科学論の研究者の中で一般的なのかはわからないが,単に翻訳できれば済む問題ではない.「科学技術立国」という語に対する違和感は私も持っているが,差し当たり「科学技術立国」という目標がどの程度明確化可能で,どの程度意味のあるものかを議論することが重要ではないだろうか.
江崎 英語に「candor」という言葉があります。虚心坦懐といった意味です。先入観を持たないということ。日本に欠けている点ではないでしょうか。「この研究者はどの先生の弟子か」「どこから来た人か」とか、そういう話になりがちです。
米国が世界中の知性を引きつけてきたのは、「彼はどこの出身だ」というような先入観をもって見ないことも理由の1つだ思います。アジアの人たちが日本より米国に向かうのにはそうした背景もあるのではないでしょうか。
candorに加えて必要なのが「taste」です。おいしい料理を食べて味が分かるように、研究内容を見て「これは革新的だ」と分からないことには始まらない。この2つが評価の質を決める重要な要素です。
師弟関係で人事が決まるコミュニティもまだありそうだが,日本国内でも実力本位で人事を決める動きも出てきているわけで,一概に日本の欠点と断言し難い.もちろん,これは私の主観も存分に入っているので,研究者の人事について調査を行った上で考察を進めた方がよい問題である.
また,「虚心坦懐」という言葉を出すには,随分意味が狭過ぎるのではないだろうか.編集された可能性もあるのだが,研究を進める上でいかに先入観や通説を覆すことが難しいかを,実例を交えて説いた方がよかったのではないだろうか.また,tasteについても,研究の「革新性」の評価は人により,そして立場により異なることをもっと前面に出して欲しい.議論の末に出された結果が「革新性」はひとつの軸で決まるようなものになってしまうことを危惧している.「革新性」は,他者との違いの中で深められるものであり,また個々人の中でも複数の軸があって当然のものであると考えている.
江崎 そうです。どう評価するかを議論していけば、だんだんとtasteが磨かれ、考え始めるようになると思いますよ。世界一のコンピューターを作ることも大事ですが、そういうことを考えていかねばなりません。
先ほど事業仕分けの話をしましたが、日本のお金の使い方に対する実績をどう評価するか。
科学技術白書によると日本は18兆円くらいの科学技術研究費を投じています。米国は44兆円、ドイツが8兆円、フランスが5兆円、英国が4兆円だから、日本は米国に次いで使っているわけですね。問題はそれだけの成果が出ているか。
必ずしも適当かどうか分かりませんが、ノーベル賞を例にとってみましょう。これまでの受賞者が世界で約800人。うち米国が約300人、英国が約100人、ドイツが約80人、フランスが約50人。
一方、我が国は15人。米国に次いで予算をかけているにも関わらずです。全受賞者800人に対してわずか2%に過ぎません。
ちょっとおかしいと考えた方がいいのではないでしょうか。新しいものを生む研究では成果が上がっていないという見方もできます。
科学技術研究費の内訳(インプット)と,ノーベル賞受賞者数(アウトプット)の関係を論じなくていいのだろうか(参考:最上の日々 投入は技術なのに、成果は科学で評価するのアンフェアだ).「科学技術」という用語の議論を最初にしているのに,こうした議論の中ではまた科学と技術を一緒くたにしているところが気になる.また,国別のノーベル賞受賞者数は日本の15人の中に文学賞受賞者の川端康成や大江健三郎が含まれていることを考えると,他国についても全部門を一緒くたにした数値であると予想される.インプットも一緒くただが,アウトプットも一緒くたである.そもそもノーベル賞受賞者数を指標とすることには違和感があるが,指標とするならせめて理学系の受賞者に絞った値で議論をして欲しい.
こんな例を挙げて僕が言いたいのは、何事もどういうプロセスを経てそういう予算が出たのかを調べる必要があるということです。
成功、失敗を問わず、どんなプロジェクトも誰かが何らかの評価をして決まったに違いないわけですからね。きちんと検証することで評価する目が磨かれていくのです。
一方、科学の応用では日本は今まで、かなりいい成績をあげてきたと言えるでしょう。自動車もたくさん輸出してきたし、家電製品もそうでした。まあ、最近はいろいろと課題があるようですが。
成功,失敗の要因の検証はもちろん重要だが,それなら前のページの最後にあった 第5世代コンピューター
や 戦艦大和
に関しても,単に失敗しました,おしまい,だけにとどまらない考察が必要だろう.それから,本当に科学の応用が技術に結びついてきたのか,また技術の側から科学へのフィードバックはあったのか,という点についても疑問を投げかけてもよいのではないか.ここも いろいろと課題がある
だけでなく,具体例を交えつつ指摘して欲しかった.
江崎 まず自分を評価することが大事だと思いますね。自分がどういう才能を持って生まれたか。何に興味を持っているか。「What should I do with my life」。人生とは自分が主役を演ずるドラマ。そのシナリオが問われます。
封建主義の社会ではそのシナリオが決められたもとで人は生まれてきました。一方、民主主義では自分の将来を運命が決めるのではなく自分で決める。そのシナリオを書くのは自分。そのためには自分を評価しなくてはいけない。
いったいどういうことをすれば人生の喜びを味わえるか。自分の能力を最大限に発揮できるシナリオを書くのが教育の目的になるのではないでしょうか。
自分の評価だけに閉じてしまうのではまさに「自分探し」である.これではこの先到底研究者として生き残ることは困難だ.自分の長所・短所の分析はそれなりに必要だが,自分のもつ限られたリソースの中で,研究者コミュニティの中で,そして社会の中でどうすれば生き残れるかを考えることが重要ではないだろうか.
ノーベル賞受賞者はある分野の研究のエキスパートであり,その知識・経験については相当の評価ができるであろうが,だからといって「科学のことなら何でも知っている」と捉えるのは別である.もしかしたら単にインタビューの機会を得られたからこのようにまとめただけなのかも知れないし,メディアによっては取材のしかた,アウトプットの量や内容にも制約が出てくるだろう.だが,今回のインタビューでとりあげたトピック,ざっと挙げると以下だろうか:
科学・技術の変遷の歴史的背景を踏まえた国による差異
科学・技術関連予算,教育関連予算の使用用途の国による差異
科学・技術の評価基準に関する研究者コミュニティ内とコミュニティ外との差異
研究者のチームワークのあり方
研究者のキャリアの歩み方
これら1つ1つをとりあげるだけでも膨大な議論がそこにはある.インタビュイーのもつ知識や経験が生き,かつメディアの受け手にとって興味深いトピックになるように,内容を絞ってインタビューし,まとめた方がよかったのではないか.たとえば「科学のリーダー」というタイトルの意図を生かすなら,研究者のチームワークに焦点を当てて,研究で成果を出すチームのあり方と企業の現状の差異について議論するというアプローチが考えられる.また,異なる切り口に持って行くなら,これまでのキャリアについてひたすら聞き出して,若手研究者が置かれている現状との差異を論じて,企業における人材活用方法の模索につなげることもできるかも知れない.このように,読者,インタビュイー,メディアの要求のそれぞれの接点を考え,内容を絞ったまとめであればより有益だろうと考えている.
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