閏日.
EIZO FlexScan HD2451Wを導入.何かと便利.それから若干眼精疲労と背中の張りが緩和したと思う.
認知科学会発表申込.毎度のことながら各方面にご迷惑をおかけして大変申し訳なく思う.それにしてもデータの再検討に時間がかかり過ぎた.カメラレディ締切までに追加の実験をしたいところ.ひとまずこのネタで論文にしたいところだが,どこまで完成度を上げられるか.
肉の日リリースの2.2.1は土日に対応予定.
本日は,以下仕事が詰まった時に書き溜めていたネタの蔵出し.
特に工学寄りのHCIの研究者で,「個人差恐怖症」とでも呼ぶべき傾向がある.評価実験でもできるだけ少ない人的リソースで済むようにと被験者内要因で実験計画を組み,システムの機能そのものの影響というより,システムの目新しさ(Cooper流にいえば「踊るクマ」)やシステム設計者の頑張りに対する評価が加味された影響が大きいにもかかわらず,評価実験の結果から旧システムに対する新システムの優位を謳う研究が多いことはここでも何度となく書いてきた.ところが,彼らの他人の研究の評価においてもこの「個人差恐怖症」が見え隠れするところがある.要は,結果の誤差項の影響の大きいデータについて,何も考えずに外れ値扱いにして単なる「ノイズ」としての個人差に帰属してしまう傾向があるのではないか,ということだ.もちろんその可能性もあるわけだが,他の因子の交絡の可能性を検討したり,他の独立変数を導入する,つまりユーザの置かれた環境に新たな制約を入れてみたりすることを検討するような考えがなかなかできない研究者も多いのではないか.これは心理プロパーの研究でもみられることかも知れないが,いずれにせよこういった検討をするスキルというのは研究で結果を出すためには欠かせないと思う.このような思考プロセスをメタ認知的視点から検討する研究はできないものか.
Surowieckiの挙げる集合知が機能するための4要素(独立性,分散性,多様性,集約性)があるが,これらは「成り立っている」ものではなく,「ある環境の制約を導入することで保証する」ことを目標とするものと考えた方がよい.つまり,「条件」ではなく,「目標」なのである.
たとえば『ウェブ進化論』で ネット空間上の「個」とは、分散、多様性、独立性を巡るスロウィッキー仮説そのもの
というくだりがあるが,これについて前述の考えに沿うなら「何か見落としているのでは?」と疑ってかかった方がいいわけだ.現にCMC環境下における集団極化現象の存在は昔から指摘されているし,いわゆる「炎上」も集団極化の最たるものといえるわけで,「分散性」はともかくなぜ「独立性」「多様性」がインターネット環境で保証されていると断言できるのか,ということだ.
もうひとつ.集合知を生かすつもりでやっていることが,集積した情報の「平均」を取り出して「分散」を切り捨てるような情報の集約のしかたをしているサービスや研究も多い.何百ものユーザがブックマークしているページを前面に押し出したり,集積した情報の積集合を構造化したりすることより,「分散」を取り出すことこそが「独立性」「多様性」「分散性」を保証する方法論ではないのか? もちろん「分散」をどう取り出すか,そしてその「分散」を元手にさらに「独立性」「多様性」「分散性」をいかに強化するか(このプロセスに「集約性」が関わる,ということだと思う)をデザインすることはそう簡単なことではないのだが*1.
*1 青山の本業研究はもしかしたらこういったデザインに関係する発想ができるかも知れない.これは形になったら公表する.基本的に学習科学・教育工学寄り研究だが,できればWeb方面にもアピールしたい研究でもあると思う.
少し前の話だが,理系R25は配布日に入手.
本音を言えば「文系」「理系」の区分はさっさとやめて欲しいのだが,三鷹の我が母校のように今年からいきなりこの区分を廃止,というのは組織の規模によってはいくら何でもラディカル過ぎることもあるだろう.理系R25は「自然科学」を前面に出している内容だったのでよいのだが,せめて「数学」と「自然科学」をひとくくりに「理系」と呼ぶのはいい加減やめて欲しいと思う*1し,「言語」と「人文科学・社会科学」をひとくくりに「文系」と呼ぶのもやめて欲しい.「言語」*2は当然全員必修にすべきだし,「数学」も必須にして欲しい*3.遅くとも中学・高校あたりで「言語」の問題に手を打ってくれていたら,大学で読んでいて頭が痛くなるレポートの相手をする頻度が激減すると思うのだが.
*1 RiSuPiaは典型的な例のひとつだろう.数学と自然科学をひとまとめにするのが不自然に見える.数学は数学で人文科学・社会科学の中で役立つ例もあるからそこを強調すべきだし,自然科学は自然科学で身近な話題に触れながら解説すべきだ.以前行った時に「これを見た子供はメディアアーティストになりたいと思うかも知れないが,数学や自然科学を志す研究者になりたいと思うだろうか」という疑問を禁じ得なかった.
*2 言語も単にひたすら読書せよ,ひたすら作文せよ,ではなく,多くの文脈を共有しない他者とのコミュニケーションに堪えうる論理立てた言語運用能力の育成(こなれていない書き方だ)を目指して欲しい.それから,日本語でこれができることが大前提であり,その他の言語は二の次である.ついでに言えば「その他の言語」における英語贔屓もやめて欲しい.人や地域によって必要になる日本語以外の言語は変わりうる.
*3 これまた単に問題を解け,ではなく,『こんなに役立つ数学入門』のように社会の中のどこに数学が応用されているのか理解できる形で学べるようにして欲しい.
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