国が育てる「サイエンスライター」 文科省部会が提言./.Jでもコメントしたが,やはり批判的(critical)な文章の読み書きの訓練が学校教育の中でなされていない点が致命的ではないか.「文章の批判的な読み方・書き方」のためのコースが設けられている大学はどの程度存在するのか.「日本語の文章の書き方などいちいち大学で教えるものなのか?」と疑問に思うなら英語から入ればよいし,むしろ「まずロゴスありき」の世界の言葉で批判的な文章の読み方・書き方を学ぶ方がわかりやすいかも知れない.ただ日本の場合は不幸なことに「文法がなっとらん」などという形の問題から入る人間があまりに多いことが障壁になるのだが.もちろん「他人が読める英語」を書くことは重要だが,それ以上に「批判的な文章の読み方・書き方」を学ぶことの方が大事.本当は高校以下も変わって欲しいのだが,まずは大学から.
最上さんは 日本で科学雑誌が充分に成功してないせい
と考えておられるようだが,ではなぜ科学雑誌(日本で言うなら日経サイエンスやNewtonなど,そういえばサイアスもありましたな)がそれほど成功しないのか,を考える.この手の雑誌の中身に興味がない人にとっての科学者とは,たとえば健康情報番組で「魔法の銃弾」のごとく問題を解決してくれる(ように思わせる)人々のことであり,「魔法」はあくまで「魔法」だからなぜ「魔法」が成り立つかなどに興味をもつはずもない*1.それだけサイエンスがブラックボックス化してしまっているし,このブラックボックス化された科学が放置される傾向が強いことが何よりの問題なのである.
このような状況に対して少しでもグラスボックス化しようと試みる(=説明責任を果たす)のは本来は科学者本人の仕事のはずである.こうした科学者の一連の仕事をモニタリングして,それらに対するツッコミを入れるのがサイエンスライターの仕事と分担すれば少しはうまく回るはず.そう考えると科学者本人に対する説明責任をどう促すか,という見方も必要になるだろう.いずれにせよ,こうした仕組みを作るにも批判的な考え方の心得は必須である.
貴重な情報ありがとうございます.ロボットの動作と見かけの問題の論文(入手先)を見ても,また「不気味の谷」という語は出てこないもののこの問題を扱っている,最近日本語訳の出たNormanの本でもThe Buddha in the Robotの方が引用されていたので.
この件は元論文読んでから後日追記予定.
データ解析用統計言語Rによる統計的プログラミング@developerWorksの全3回シリーズ(via 気まぐれ開発日誌).Rのグラフのインタフェースはなかなかわかりにくいが,あれが使いこなせるとかなり自由度の高いグラフが書けるので大変重宝する.あのインタフェースのわかりにくさのせいで,統計処理はRでやるのにグラフはExcelないしGnuplotという人が私の周りに結構いるのが実に惜しい.Gnuplotはヒストグラムを描くのに前処理が必要だったり素直な棒グラフを描くのが苦手だったりして,心理屋さんな仕事には向かないので手放しつつある.Octave+Gnuplotでする仕事があるなら,フリーで手に入る環境としては便利なのだが.
明日は国立天文台一般公開へ.来週土曜は教育システム情報学会シンポジウムへ.研究室に入り浸る週末は避けたい.
最近現実逃避モードが強くなりつつあるのでそろそろ更新ペースを落とさねば.仕事がたまり過ぎているしちっとも進まないので.
これも結構前の記事になりますが、この記事に対して様々なサイエンスライターなどから反響があるようです。僕自身この記事にはかなり注目していて、各関係者の反応などを探っていたのですが、実際のうけはあんまり良くないみたいです。
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