そろそろ一ツ橋のIDカード入れからカードが落ちそうな状況になってきたので買い替えることに.新宿東急ハンズへ.以前渋谷の某所でバイトしていた時にいただいたPLUSのネームタッグ(CT-501PB,商品に直接リンクを張りたかったがうまく張れないURIになっていた)がそこそこ使いやすいし,一ツ橋のIDカードは磁気カードなので耐磁加工(性能はともかくとして)もあってまあこれがいいだろうということで同じものを買っておく.以前の古いカード入れには以前blog勉強会で付けていた六本木アカデミーヒルズの会議室パス(とっくに期限切れ)が貼ってあったりもする.コクヨのするっとパス(いかにもコクヨなネーミングだ)にしようかとも思ったが,ハードケースは脆さが心配(ただでさえものの扱いがぞんざいな私にとっては深刻な問題)なのと一ツ橋のIDカードは表と裏で天地が逆になっていて,磁気部分をケースの開口側に持ってくると首から下げた時にIDカードが逆になってしまうので見送った.まあ買ったとしてもストラップは以前渋谷東急ハンズで作った革製ネーム入りのものに付け替えると思うが.
ほか,今日散財したもの:
ノートPC用ケース@西口ヨドバシ.
名刺用紙@ハンズ.以前は無印良品のデニムスクラップペーパーの名刺用紙を長らく愛用していたが無印良品が名刺用紙の取扱いをやめてしまったようなので,やむなく.また名刺のデザインを考え直さねば.
(とんかつ茶漬け@歌舞伎町すずや.少食な私にとってはひたすら量が多かった.)
ちなみに新研究室のマシンに移行後もキーボードは引き続きMini Keyboard IIIの英語版のまま.HomeとEndの位置が不満なところ以外は打鍵音も静かだし満足している.マウスをPS/2のものから以前実験用に購入したもののWindowsのマウスウェアとFirefoxの相性が悪く,使わずに放置していたLogicoolのUSBマウスに変えたおかげで,FreeBSDでmousedを2つ動かせばMini Keyboardのスティックポインタやホイールも生かせるようになった.どちらか1つでよい気もするし,効率面からしてキーボードで間に合うものはキーボードで対処した方がよかろう.ただスティックポインタでマウスジェスチャをやろうと思うと結構大変.
そういえば紀伊国屋書店(本店の方)で母校の入学案内を入手.私の知っている学生が顔を出すのは今年が最後になりそうな気がする.
この前研究室の面々と英語論文の書き方について少し議論があった.こぞって国際会議に投稿しようとしていたのでそうなったわけだが.
私が学部時代に言われてきたことはいたってシンプルで,何も英語論文に限ってのルールではなかったと思う.まあなぜシンプルかといえば学部時代の英語の授業はことごとくすっぽかしていたからに過ぎないのだが.なので補足のできる方はツッコミをどうぞ.基本的にこの辺に尽きると思う:
まず何より書きたいテーマに基づくサーベイを.図書館で文献を引っ繰り返すなりぐうぐる様に頼るなり.
そのサーベイに基づいて自分の主張を洗練させる.自分の言いたいことばかりが前に出過ぎてサーベイの内容と乖離しないように,またサーベイの内容に引きずられ過ぎて主張のオリジナリティが失われることのないように.
議論の組み立ては,いわゆる「三角ロジック」(学部の授業の用語ではassertion-evidence-assumption,横山雅彦氏の用語ではclaim-data-warrant)を意識するように.主張,主張を立証する証拠,証拠の分析の3点セットを原則としてパラグラフを構成する.
基本は「三角ロジック」に基づく主張-本論(デフォルトは3部構成)-結論.本論は主張を立証するものになるように,情報を過不足なく盛り込むように.アウトラインの段階でひたすら推敲を重ねる.アブストラクトが必要な文章であれば,この時点で書いてしまった方がいいかも知れない.
アウトラインに基づいて文章を組み立てる.基本はやはり「三角ロジック」に基づく主張-本論(デフォルトは3センテンス)-結論.接続詞を使ったり形容詞の使い方に注意したりしながらどういったトーンで議論が進んでいるのかをはっきりさせる.ここでも推敲を重ねる.
文法やら語法やら構文やら,を気にするのはひとまずここまで書けてから.スペルチェックは一番最後.
ほか細かいルールがいろいろあったと思うが再生できない.私もいつもこのルールに100%従っているわけではない,というかはっきり言ってこれは理想論だ.特にデスマーチな状況ではアウトライン等の構成がかなりいい加減になり悲惨なものができあがる.ちなみにWebに書く文章はもっといい加減なのでメモ書きとして扱われたし.
さて,これを踏まえて院に進んで他大学出身の方々を見ていると
サーベイが十分できていない,下手をするとサーベイのしかたすらよくわかっていない.なので,主張が根拠のない「思いつき」レベルに聞こえることが多い.
アウトラインを決めずにひたすら思いつきで,「ページを埋める」という感覚で書き始める.
「英語ができないから英語論文が書けない」という苦手意識が強い.しかも「英語ができない」=「文法も単語も知らない」と思い込み,文章の組み立て方にあまり関係のないところを意識し過ぎている.
といったところが気になる.特に日本の理系の場合は,研究室の仕事を代々引き継ぐという感覚で研究が進められることも多いためか,サーベイに基づいて自分の主張を組み立てるというプロセスを踏めない学生が大多数なのかも知れない.分野にもよると思うが.私も卒論は(ボロボロながら)サーベイの上に自分の主張を固めて,という形で書いたのだがこの話を前ボスにした時に「卒論は研究室の仕事の手伝い程度でやるのが普通だろう,信じられない」と反応されたことがある.
さらに文章の書き方についても,その手のマニュアルは一応よく読まれるものの重要なノウハウのほとんどが研究室内で代々口伝されているように思える.その分野のならわしのようなものもあるかも知れないが,多くは研究室の人間,特にボスの趣味が強く反映されるように思える.これはインタフェースに関する集団の意思決定プロセスに似たようなところがあって,要するにCooperの言葉を真似れば「ゴムの読者」から論文の批判がなされることが問題なのかも知れない.都合のいい読者像(大概自分自身)から「こうした方が読みやすい」と突っ込むだけの状況,というケースが多いのではないか.論文の読者ともなればだいたい「査読者」「同じ分野のそこそこの研究者」「学生」などとペルソナが決まってくるので,特に集団で考える場合はそういった読者像を描いた上で論文の批判をした方がよいと思う.そしてそのような視点での批判は明文化しておくようにすればこの手の問題は少しは改善されるように思える.
この辺のプロセスをうまくやりくりするシステムはできないかな,と.
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特に<br>>サーベイが十分できていない<br>のあたり、激しく耳が痛いです。。。<br>今後も議論の中で、いろいろ学んでいけたらと思います。<br>よろしく!<br><br>具体例(自分)からはじまって、一般論を展開されると、自分がなにもできていないような気分になり、結構へこみます。<br>いや、実際できてないんやけど。。。